J.S.FOUNDATION

活動報告

2009.09.28 UP

みなさまこんにちは。

今年は残暑もなく秋へと季節が移り変わってしまいました。
9月19日からスタートした5連休。いかがでしたか。
私は国連大学前の広場(青山)で土曜、日曜に開催されているファーマーズ・マーケットにピースウィンズ・ジャパン(以下PWJ)のスタッフと共に見学に行ってきました。
無農薬、有機栽培の作物を生産者が直に販売するというスタイルで全国の主だった場所で定期的に開催されています。
私の古くからの友人が世話人として参加。
彼はアメリカ西海岸でこの販売スタイルを4年程試行錯誤しながらも成功させ、日本でもはじめたかったようです。
早速、PWJも東ティモールで生産しているフェアトレードコーヒーの出店を決めました。
コーヒーを売ることは二の次にして東ティモールという国を1人でも多くの人に興味を持って欲しい、何故フェアトレードが必要なのかを知って欲しいという気持からのようです。

本日出店第一日目、色々な方が興味を持ってみていただけたようで、私たちもうれしく思います。

PWJは東ティモールで唯一輸出が考えられる産業のコーヒーに注目し、独立後の自立支援の為の活動として現在摘み取りから精製プロセスまでの技術指導による高品質化と、フェアトレードを通じて、生産者の収入向上を目指し活動しています。

フェアトレードとは、経済的・社会的に弱い生産者に対して、通常の国際市場よりも高めに設定した価格で継続的に生産物や手工芸品などを取引し、発展途上国の自立を促す事が目的であり、取引価格以外にも生産者の労働条件や環境にも配慮する事が、基準、のようです。
さて、J.S.Foundationは8月、東ティモールに行ってきました。
PWJの現地スタッフから2年以上前から現地でのプロジェクトを見て欲しいとの依頼がありましたが、東ティモールのことは殆ど知識がなくお断りしていました。
しかし、偶然コーヒー生産者に関するドキュメンタリー映画を目にした事から、遅らばせながらフェアトレードの大切さを現地へ行って学んでみようと思いました。
この映画ではエチオピアを取り上げていましたが、コーヒー生産者の劣悪な環境、家族全員が1日14時間も働いても食事にも事欠く日々のくらしを描いていました。

東ティモールは1975年インドネシアが軍事侵攻。四半世紀に及ぶインドネシアとの独立闘争のなか、20万人ともいわれる国民が虐殺や饑餓で命を失ったといわれています。
1999年、日本も参加したPKOの協力のもと2002年正式に独立をはたしました。
国土は長野県ぐらい、人口は約107万人の赤道直下の小さな国です。
住民の8割が農業に携わって生活を立てています。

「昼の蚊はデング熱、夜の蚊はマラリアを持っている。」
「メルパチ航空(東ティモールへ向かう飛行機)は生産中止の機体ばかりで昨日は右車輪が落ちた。今日は墜落した。明日はプロペラが外れるよ。」など気になる情報を受け心配になり、ある日「メルパチ航空はしょっちゅう事故が起きるらしい」と真面目にいう私に「そんなに事故があったら日本の新聞にもでているよ。アッハハ」と浜田さんに笑われ、それもそうだとなんとなく納得しての旅立ちとなりました。

デンパサールから約2時間の飛行時間。となりに乗り合わせた韓国のJICAの関係者が私たちに「日本人ですか?何をしに東ティモールへ?」と聞かれ、日本人です、休暇で来ました。
と答えると不思議そうな顔で「へえ~~日本では東ティモールは有名なの?韓国ではほとんどの人がこの国の事を知らないよ。」と、休暇で来た、と言った私たちに少し驚いていました。

東ティモールは不思議な国でした。
まず到着した飛行場にはUN関係の飛行機ばかり。少し前には空港周辺にも難民キャンプがあったそうです。
現在も4000人強の多国籍軍(UNMIT)が治安、政治を援助しています。
首都のディリはUNの車がいたるところを走っていて、現地の車はタクシーが目につきました。
また、現地での使用通貨はUSドルのみで、前日までいたインドネシアに比べ物価がとても高くUSバブルなのだそうです。
ホテルは安心のためと日本大使館の隣を選んだのですが、お湯のシャワーも使え(シャワーのヘッドは空き缶に穴をあけたような感じのものでしたが)、朝食のトーストも美味しく快適なホテルでした。
このホテルは急遽UN関係の宿舎に模様替えしたようで、私たちの他は軍隊の人ばかり、毎夜2Fのレストランで仕事を終えた彼らが制服を脱ぎ、ビールを片手に盛り上がっていました。

さて、話がそれてしまいましたが、私たちがプロジェクトの見学の為訪れたエルメラ県レテフォホは海抜1700メートルの山岳地帯です。
現地のドライバー以外運転が困難な悪路をひたすら登ります。
とにかく道がくねくね、そして左右の崖は赤土が流されて大きな石が剥き出し。
「雨が降ったら土砂崩れが怖いですね」と言う私に、「いつものことです、この国には山道の防護壁の予算もない」とピースウィンズの斉藤さん。
山道のすべてがコーヒーの群生林。その群生林の中に一際高く、両手を広げるような形のたくさんの木が目につく。
たずねると「ポルトガルが植民地にしていたころ、コーヒーの種とともに持ち込んだシェードツリーで太陽からコーヒーの実を守っている」とのこと。
本当に母親が子供を抱えているようでこころに残る風景でした。

レテフォホは昼と夜の温度差が10度以上、世界にはコーヒーベルト地帯があり温度差、急斜面、土地がやせているのが条件でキリマンジェロやエチオピア..
その他のコーヒー産地と近い環境のようです。
とにかく見渡す限り急斜面で粘度質の赤土です。平らの土地がほとんどありません。
馬も斜面で足をふんばっていました。

今回は、コーヒー豆の収穫はもう終わってしまったため、その後の行程の一部を見学させて頂きました。
収穫したチェリーという赤い実の状態のコーヒー豆の実を発酵させて取り除き、何日も乾燥させ、高品質な商品とする為の豆の選別を行う、という大変手間と時間のかかる行程でした。

ここはコーヒー以外、野菜もほとんど育たず、ピースウィンズは葉っぱ類の栽培を日本の専門家に相談し現地の住民に指導をしています。
コーヒー生産農家も伺うことができました。
子供たちの笑顔は明るく、一つ一つの仕草が可愛く、私を幸せにしてくれました。
子供達は家のお手伝いも一生懸命していました。
子守りや急斜面をかるがる歩いて水汲み。
赤土が流れてしまい、石ころだらけの道を裸足で学校へ。
貧しい村でした。
しかし、今までいった開発途上国よりは希望が見えました。
それは子供が労働力になっていないからです。
教育を受けられなかった親の代が教育の大切さをよく知っていて寺子屋のような学校ですがどの家庭も必ず行かせるようです。

マーケットや学校、訪れた至る所で子供達の笑顔があふれていました。
この国が本当の意味で自立出来るのは、ずいぶん先のことになるでしょう。
誰かを憎む事でなく、この21世紀最初に独立した国の未来をつないで行って欲しいですね。

ピースウィンズ・ジャパンは1999年からコーヒー生産農家者の住民に品質の良いコーヒー豆の生産指導に力を注いでいます。
詳細はピースウィンズ・ジャパンのホームページをご参考ください。
http://www.peace-winds.org/

フェアトレードの事を勉強していく程、難しい側面も見えてきます。

今後私たちになにが出来るか?
時間をかけ検討していきます。

J.S.Foundation代表 佐藤 佐江子

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