J.S.FOUNDATION

活動報告

2005.06.01 UP

お元気ですか?
みなさまの日頃からのご協力感謝いたしております。
JSF事務局は3月8日”fairlife”からのチャリティーシングルの収益金12,229,680円のご寄付を受け「国境なき医師団日本」「ピースウィンズ・ジャパン」「UNHCR」「AMDA」等と協議を重ねて来ました。
「国境なき医師団日本」は私どもの不手際もあり使用目的を指定する了解がとれず、収益金の10%にあたる1,229,680円を5月9日に寄付させて頂きました。

「ピースウィンズ・ジャパン」とは、昨年11月からアフガンの戦争で働き手を失った女性たちの養鶏場運営、識字教室に協力させていただいておりました。
このプロジェクトにより、現地の未亡人の生活の糧が確保されることを願い、そして少しずつ成果が出てきている現状をふまえ、このプロジェクトの拡大をお願いし、年間予算約710万円の支援を事業の進行状況にあわせ3回に分けると取り決めました。
5月9日に初回資金320万円を寄付。より多くの人のため、第一フェイズ80名、第二フェイズ80名の研修がスタートいたしました。
現地に7月末頃行けそうなので詳しい報告ができると思います。

「UNHCR」からは、以前サポートしたスーダン南部帰還民キャンプの子供達への教育に協力してほしい旨要請がありましたが、J.S.F.としては人が生きていくために必要最低限の安全な飲料水関係に協力したいと申し入れ、駐日事務所からジュネーブの本部に提案書を提出して頂いています。

チャリティーシングルに関わって下さった皆さんの温かなお心を、困難な生活環境にある方々に、適切な援助団体を通じて一日もはやく届けられるように考えております。
人は誰しも希望を持つから生きていけるのだと思います。
しかし、ややもすると希望を見失ってしまう程過酷な状況に置かれている被災者の方々。
現地に赴き、彼らに寄り添って活動してくれる誰か、その誰かにみなさんの思いを託せることは幸せです。
またNGOの若い人たちとお話させていただき、その心意気に感心もし、キリスト教の教えが血肉となる欧米のNGOとはどこか違う日本型の援助の仕方がある事を知り勉強になりました。

最近、韓国に仕事で行く機会がふえました。
ホテルのひとに打ち合わせ場所の地図を見せ尋ねると「ヨン様の事務所か?」と聞き返される。
「韓国の俳優はぺ・ヨンジュンだけではないでしょうが?」などと軽口をいうと、「日本のおばさん=ヨン様だから」と彼は笑う。
私には02年のサッカー、ワールドカップでソウル市庁広場が真っ赤に染まっていたテレビ映像の印象があるので「ヨン様より、ドイツへ行けるかどうかのほうが心配だ。お互い頑張ろう!!」などとリップサービスを交えながら「そうそう、私のなかで韓国が近くなったのはワールドカップの共同開催からだ」と。
以前は「近くて遠い国」でした。過去、日本がアジアにおいて何カ国かを侵略し、日本人政策を進めその国の人々を苦しめた。
「加害国」と「被害国」。
歴史の教科書に、なにが書かれていて、現実に先生からなにを教えられたのか、いまは記憶がありません。
例年おきる日本の「歴史教科書問題」「靖国参拝問題」も「あー、またか」と見過ごしていました。
しかし今回は、たまたまソウルに滞在していて、「日の丸」が焼かれる映像をホテルの部屋で見た時は悲しく、北京の「反日デモ」の映像と重なり、真面目に考える時間を持ちました。
「日本人の中には私のように事実を知らない人がいる。」その無知さが重大な罪なのだと思いました。戦後60年経った今でも、日本を信用してくれる仲間がアジアにいない現実は日本人としては不幸なことです。
少なくとも、敗戦から60年経つ今日まで、日本国家として他国の人たちを殺傷することなく平和憲法の下、過ごして来たのに何故「靖国」に総理が参拝するぐらいで「軍事大国になる危険がある」と心配されるのか、いつも頭をかしげていました。
しかし搾取された国々の人たちの痛み、歴史認識などに私はあまりにも鈍感だったのだろうと最近は思うようになっています。

韓国でうらやましくおもえたことがありました。国が小さいからなのか、長く続いた軍事政権から民主主義を自分達で奪い取ったからなのか理由はわかりませんが、「この国はやると決めたら決断力が早いなぁー」と。官、民が一緒に力を合わせ、95年の経済破綻寸前から今日の勢いのある国にした自信と熱気が感じ取れました。映画やドラマの現場でしか解りませんが、とにかく「これが良い!!」となると年齢、地位とは関係なく意見が取り込まれるのです。
その反面、国策として自国の利益が必要以上に守られていて、日本語の音楽は地上波にのらない、外国映画は20%開放という現実は韓流ブームと云われている日本から行く私には不思議な気分です。
余談ですが浜田さんの曲が韓国で「BLUE DAY」という曲名でカバーされていました。
韓国語なので「woo, woo, I want you stay」しか聴き取れなかったのですが、「もうひとつの土曜日」でなかなか素敵でした。

平成17年5月31日
J.S.Foundation 代表 佐藤佐江子

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