J.S.FOUNDATION

活動報告

'18.05.10 UPDATE
こんにちは。
先日、浜田さんからタオルやTシャツのご支援いただき、その一部をジャパンハートに寄付をいたしました。
ミャンマーよりお便りが届きましたのでお伝えさせてください。
平素より多大なるサポートを賜り、心より御礼申し上げます。ジャパンハート佐藤でございます。
この度、浜田省吾様よりご支援いただきましたTシャツとタオルが、
ミャンマーの子どもを人身売買より守る養育施設に届きましたので、写真と共にご報告させていただきます。
施設には180名の子ども達が生活しておりますが、特に男の子からかっこいいと大人気で、
写真の3枚目はタオルに写ってる浜田省吾様のシルエットのポーズで写真を撮りたいと言って撮ったそうです。
大変上質な商品を現地へご寄付いただきまして、本当にありがとうございます。
大切に使用させていただきます。
今後とも何卒、宜しくお願い申し上げます。

特定非営利活動法人ジャパンハート東京事務局

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'18.04.25 UPDATE
こんにちは。J.S.Foundationの佐藤です。
この春は日本中で梅の花と桜の花が一緒に咲き、
その隙間を黄色の菜の花が埋め尽くして色彩的には心が和んできました。
ピカピカの一年生は、その希望に満ちた瞳の輝きを忘れないよう願っています。

今日の私からの報告は、UNHCRバングラデシュ難民キャンプの視察レポートです。
私が勝手に戦友と思っているUNHCR関係者や内藤順司さんやNatsukiさんらの温かなご支援をいただき、
皆さまに何かを感じてもらえる写真やレポートの報告ができ、嬉しい限りです。
難民への思いは20年以上前からです。
J.S.Foundationをご支援くださる皆さまに、浜田さんをはじめ我々が何に心寄せているのか、
漠然としてでもご理解頂けたら幸いです。

J.S.Foundationは皆さまの温かなご支援に感謝しております!
今後とも力を合わせて一人でも多くの子どもたちに「Welcome to the world!」と伝えられたら―
「ロヒンギャ難民キャンプ(クトゥパロン / ナヤパラ)訪問レポート」

 2017年8月25日にミャンマー国内で起きた暴力行為をきっかけに、67万人を超えるロヒンギャの人びとがバングラデシュに逃れました。現地の状況と支援の進捗を確認したいというJ.S. Foundation佐藤代表の思いを受け、フォトグラファー内藤とともに3月20日よりバングラディシュ入りし、ダッカ市内のUNHCRバングラデシュ代表事務所及びキャンプ最寄りのコックスバザール県にあるUNHCRサブオフィスでの2日間のブリーフィングを経て、コックスバザール県・ウキア地区にあるクトゥパロンキャンプへ22日に、23日に同県・テクナフ地区にあるナヤパラキャンプを訪れました。

 ミャンマーのラカイン州を出身とするロヒンギャ難民のバングラデシュへの大規模な流出は、1970年代後半以降、数次に渡り断続的に起きています。
 クトゥパロンキャンプは、1992年の難民の方が住まわれる既存のキャンプの隣に、2017年以降の67万人を超える人びとの大量流入を受けて、バングラデシュ政府より新たに提供された1,190ヘクタール(東京ドーム約253個分)の土地で現在も拡張を続けているキャンプです。切り開かれた高台に竹とビニールで覆われた簡素なシェルターが立ち並ぶ姿は想像を絶する広大さで、ロヒンギャの方々の置かれた危機の凄まじさ、規模の大きさに言葉を失います。「民族浄化による難民化」という衝撃的なニュースから、世界の温かい支援を受けて命の危機を脱したものの、これから訪れる雨期=サイクロン襲来による土砂崩れの被害が懸念され、102,006名;23,934世帯が地滑りによる家屋倒壊の危険にさらされると予測されていますが、安全な土地への移動を含む対策資金のうち、いまだ38%が足りていないそうです(3/16現在)。
 3月のバングラデシュは乾季の終盤。38度を超える熱さの中、急勾配の坂道を進んでいくと、道の両脇で食料品を売る人びとの、また懸命に土嚢を運ぶ人びとの姿が見えてきます。ニュース報道等で伝えられている通り、ロヒンギャの方々は、一方的にそして暴力的に自身の土地を追われ、自身の家族を失いながら、また自身も怪我を負いながら、命からがら身体ひとつで国境を超えてこのキャンプに辿り着いています。そのような凄まじい体験を抱えながらも懸命に快活に働く姿はこの民族の持つ気品を感じさせるに十分で、また子供達はよくしつけられ、お父さんお母さんをよく手伝っています。
 UNHCRのキャンプは細かくゾーニングされ、均一な支援が行き届くよう医療サービスをマップ化するなど様々な取り組みが行われています。昨年10月より100名を超えるUNHCR職員がキャンプ内の世帯を1軒1軒個別訪問し、家族構成の掌握と世帯別の保護ニーズの取得を行ったそうです。また難民の中からコミュニティ・アウトリーチ・メンバー(COMs)と呼ばれる役割を担う人を選出、トレーニングを行い、279名の訓練されたCOMsが任命されました。難民自身が最初のアクションを行い、仲間を自分達で支える仕組みです。
 雨期を前に、道路のぬかるみで緊急支援の車両がキャンプに入れなくなるのを防ぐため、難民自身や受け入れコミュニティの住民による道路の補修や橋の架け替えが急ピッチで進められていました。

 翌日訪れたナヤパラキャンプは、クトゥパロンキャンプより更に南、ミャンマー国境までわずか5kmの距離にあり、こちらも1992年の難民の方が住まわれる既存のキャンプに、2017年以降に逃れて来た方々が流入し拡大を続けています。人一人がようやく渡れる、簡易な竹製の橋を渡ってキャンプサイトに入ると、向こう側はミャンマー国境という山のたもとに集落が見えてきます。一時滞在センターでのミャンマーから数日前に到着した方々へのインタービューに同席させて頂きましたが、「突然銃を持った男がやってきて土地と牛を奪われた」「毎日焼き討ちがあり人びとが逮捕されていた」等、生々しい証言が続き、「何故自分達家族がこのような目にあわなければならないのかまったくわからない」と冷静にかつ淡々と語る男性の姿に、事の理不尽さが現れていました。
 登録された難民(と呼ばれる)1992年に避難して来られた人びとが住むエリアは、25年を経た人びとの生活の姿があり、そんな人びとの暮らしをカメラに収めながら「スーダンに来たみたいだなぁ」とつぶやく内藤さんの姿がありました。このキャンプでも子供達はイスラムの教えに従ってよくしつけられ、水汲み等の仕事もよく手伝い、そんな姿もスーダンの子供達を思い起こさせたようです。

 海洋交易によって物資とともに様々な文化が混じり合ったいにしえの時代を思えば、アラビア海〜インド洋〜ベンガル湾〜アンダマン海と続くこのエリアで様々な人びとが行き交っていたと想像する事は決して難しい事ではなく、多くの難民問題の裏に資源やエネルギー問題が見え隠れする昨今、私達ひとりひとりが理不尽な状況を問い人権を守ろうとする心を持つ事、混迷する世界の状況において、国家の思惑を超えた私達”個人”のサポートが今後ますます重要になってくると感じた、貴重な現地滞在でした。

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'18.04.05 UPDATE
こんにちは。
3月13日に支援を行いました、
国境なき医師団から活動報告が届きましたので、
ご報告をさせていただきます。
国境なき医師団 シリア緊急援助活動のご報告

私たち国境なき医師団(MSF)は、第2次世界大戦以降で世界最大規模の避難行動を引き起こしたシリアの内戦によって、
シリア国内及び周辺地域へ逃れた人びとへの医療支援を提供しております。
シリア北部で5ヵ所の病院と3つの移動診療チームを直営するほか、5ヵ所の提携医療施設を支援し、
さらに東グータ地区を含むMSFスタッフ自らが立ち入れない地域の施設約50ヵ所を遠隔支援しています(2018年3月時点)。

特に、シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区では、2018年2月18日以降、政府軍と同盟国による攻撃が激化し、
MSFが支援する医療施設にも多くの死傷者が運び込まれています。
医療物資が不足し、診療所や病院が攻撃を受けて機能しなくなるなか、
眠る時間さえほとんど取れないスタッフたちの対応能力も限界にきています。
また、東グータ地区内の医療ニーズは負傷した患者によるものだけではありません。
地区内では住民の大半が地下室や急ごしらえの地下シェルターに住んでおり、
環境は不衛生で安全な飲料水は限られ、衛生設備はほぼ皆無です。
当地区で支援に当たる医療スタッフからは、呼吸器感染、下痢を伴う病気と皮膚感染の増加が報告されています。

シリア国内から逃れた人びとの多くも、仮設住居や食料がごくわずかしか手に入らず、
医療や衛生管理の不足している非公式キャンプでの生活を余儀なくされています。
MSF移動診療チームのモハメド・ヤークプは、
「避難者の健康状態は大変厳しい状態で、呼吸器感染症が非常に多く見られます。
また、慢性疾患の患者の多くが、薬を丸1ヶ月飲んでいません。
糖尿病と高血圧患者も数え切れないほどで、子どもたちはもう何年も予防接種を受けていません」と語っています。
MSFは、毛布・保温マット、衛生用品などの入った越冬支援キットを1000世帯超に配給し、
さらに地域の中核病院の対応能力を上げるため、医療物資を寄贈したり、救急車の整備・燃料の供給を支援しています。

MSFの再三の要請にもかかわらず、シリア政府は統治下での医療・人道援助活動を認めていません。
そのため、MSFは医療物資の供給、病院や診療所で働いている職員の給与援助、公衆衛生面の指導、
一度に多数の負傷者が運び込まれた場合の対応策、病院・薬局運営、
専門外の症状や病理に直面した医師への医学的助言などを通じ、現場にいるシリア人医師を支援しています。

政治的圧力からの独立性を守るため、シリアでの活動にはどの国の政府からの資金も投入せず、
すべて民間の皆さまからの寄付によって活動を行っております。
この度、J.S.Foundationを通じてご支援をくださった皆さまに心から御礼申し上げますとともに、
今後とも国境なき医師団の活動に温かいご支援をいただけますようよろしくお願いいたします。

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'18.03.13 UPDATE
こんにちは。
「この世の地獄だ」と表現されるほどの悲劇が起きているシリアの子どもたちの支援に、
国境なき医師団の医療者の力をお借りして、皆さまの善意を届けたいと思います。
支援金として2,000,000円を拠出させていただきました。
この皆さまから寄せられた善意が、傷ついた子どもたちを包む包帯になり、薬になり、点滴になり、一人でも命を救えたら。
砲撃の犠牲になった我が子を抱きかかえて、
「この子がなんの罪を犯したというのか?」と泣き崩れる父親の姿をただただ呆然と映像を眺めている私。
'18.03.09 UPDATE
こんにちは。
先日、J.S.Foundationの資料を整理していると、
たくさんの方たちの善意に支えられて活動してきた「思い出記録帳」が出てきました。

国連UNHCR協会の協力を得て取り組んだネパールの「ブータン難民」への教育支援及び太陽光街路灯設置は、
現地において高い評価を得、感謝されました。それが今から18年も前のことでした。
そして、この経験を参考に支援プロジェクトにはできる限り検証可能な条件を了承していただき、
協力し共に活動してまいりました。
今回、ロードアンドスカイ、内藤順司さん、そして多くの方々の了解とご協力のもと、
J.S.Foundationの活動報告を動画に制作していただきました。
是非、見てみてください。
'18.03.08 UPDATE
J.S.Foundation事務局は、2017年9月、困難な状況に置かれているロヒンギャ難民の方々に、
国連UNHCR協会を通して支援を行いました。
この支援は主に支援物資やシェルターに使われています。

しかし、彼等の状況は改善するどころか、さらに多くの人々が難民キャンプに押し寄せている状況です。
以前より設置されていたキャンプの収容能力を遥かに超える人数が限られた範囲で生活しています。
難民キャンプは極度に劣悪な環境で、人々は食糧・飲料水がほとんど手に入らない状況です。
生活物資・医療品の不足、むき出しの仮設テント、トイレ事情などから衛生面も問題を抱えています。

そんななか、J.S.Foundation活動当初から支援をさせていただいているAMDAが、
2017年の10月からバングラデシュにあるクトゥパロン難民キャンプにて、
診療所を開設し、無料診療をしていてその運営のことで相談を受けました。
そして、色々と話し合い、その医療支援のため皆さまから託されているお心、2,000,000円をAMDAに託しました。
この支援金は、主に医薬品、医療資材、ロジスティック費用などに使っていただきます。

先日、AMDAから活動報告が届きましたので、
ご報告させていただきます。
AMDAロヒンギャ難民に対する医療支援活動 報告

皆さま、こんにちは。
昨年8月以降、国境を越えてバングラデシュ側に逃れてくるロヒンギャ難民の数は増加の一途をたどっており、
私たち認定特定非営利活動法人AMDAは2017年10月より1年間の予定で医療支援活動を行っています。
このたびJ.S.Foundation様のご支援を受けることになりました。

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1991年以降、徐々に増加してきた難民の数がバングラデシュ国内におよそ21万人、
彼らはバングラデシュ各地で暮らしていました。
しかし、今回の新たな難民の大量流入を受け彼らは難民キャンプに戻るよう言われています。
そのためキャンプ内の人数が更に増えています。
すべての難民の方の登録はできておらず実数の把握は困難となっていますが、難民数の合計は90万人と推定されています。

もともとキャンプである地域に更に大量の難民が流入しており、
居住区域が不足しており新たに山を切り開いている状況です。
道は傾斜があり、多くの難民は急な坂道を移動しています。
2017年以降新たに急造された住居は、竹材とビニールシートでできており、強い風や雨が来ると倒れてしまいそうです。
建物と建物の隙間が狭いうえ、ゴミや汚水、料理の際の炊煙などが満ちています。

トイレは、当初数が不足していましたが現在は多数建てられてきています。
しかし、多くのトイレが継続的な管理が困難で、特に古いトイレは排泄物であふれています。
井戸も作られていますが、同じく機能していない井戸がみられます。
飲料水は給水が行われており、難民たちは手持ちの容器に水を汲んで持ち帰ります。

このような状況の中、子どもたちは手作りのおもちゃなど、例えばビニール袋の切れ端で作った凧、
ペットボトルをくりぬいて車にするなど自分たちで工夫を凝らして遊んでいます。
何が最も困難かという問いかけに対し難民の方は、
「食料はまだ支援があるのでなんとかなるが、仕事がなく、現金収入を得ることが最も難しい」と答えています。
また、「誰からも攻撃されず安全に暮らせること」が難民の方の願いです。

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2017年10月、診療所を開設。
活動場所は、ミャンマーと国境を接するバングラデシュの町、コックスバザール近郊クトゥパロン難民キャンプです。
ここで、診療所を運営し無料診療、医薬品の提供を行っています。
活動主体はAMDA支部のひとつであるAMDAバングラデシュ、および連携医療機関の日本バングラデシュ友好病院です。
支部の果たす役割は大きく、言葉や文化、宗教の面から現地の状況に合わせた支援を行っています。

診療所には毎日120人の患者が訪れて、イスラム教の休日である金曜日以外は毎日懸命な支援を続けています。
医療チームは通常8名で構成(コーディネーター1名、医師2名、助産師1名、薬剤師1名、医療アシスタント3名)します。
ロヒンギャ難民はベンガル語の更に方言を話すため、
バングラデシュ人の中でも難民キャンプに近い地域に暮らす人でなければ理解が困難です。
そのため医療アシスタントは主に通訳として活躍しており、ロヒンギャ難民の方もチームに加わり共に活動しています。

これまで、日本を含めて海外から8名を派遣し現地調査、医療支援活動へのサポートを行っています。
皆さまのご支援に感謝するとともに、今後も引き続き、温かいご支援をいただければ幸いです。
よろしくお願い申し上げます。

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AMDA
ロヒンギャ難民支援担当
プロジェクトオフィサー 橋本千明
'18.03.06 UPDATE
東日本大震災から7年が経とうとしています。
あの未曾有の被害の映像が3月11日に近づくにつれ、繰り返しTV画面に流れます。
その画面を見ながら、「私は決して忘れません」と改めて自分で自分に誓いを立てています。
悲しいことに記憶は薄れていってしまうかもしれませんが、J.S.Foundationを支援してくださった、
皆さまと立ち上げた「灯りプロジェクト」を通じて、
「薄れてしまうけど忘れはしない!」と伝えていきたいと考えております。
被災地の復興の成果を政府は盛んにアピールしていますが、
被災者の思いを十分に組み入れた街づくりになっているのか?
そして東電の廃炉の進捗状況をみると、震災当時と何がどのように改善されたのか?
気の遠い話で目眩が起きます。

J.S.Foundationも支援を受ける一人一人に寄り添って活動をしている、
人道支援団体と改めて話し合い、連携をし、継続して支援ができるよう、
褌を締めてかからなければと改めて思います。

2017年ファンクラブイベント会場で販売をしました、
チャリティーグッズ「バッグチャーム(1,500円)」の支援金のご報告です。
収益(2,640,087円)が支援金として、J.S.Foundationに託されました。
浜田さんをはじめ、このコンサートにご協力してくださった皆さま、
そして、グッズを購入していただいたお一人お一人に感謝申し上げます。
ありがとうございます。

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