J.S.FOUNDATION

活動報告

2009.02.24 UP

海外に住む友人が、久しぶりに帰国したので、一緒に食事しようということになり、麻布にある和食の店で待ち合わせた。
オレの方が少し早く着いて、ビールを飲んでいると、彼がいつものように、
「どうも、どうも、元気ですかぁ?」と言いながら席に着き、挨拶もそこそこに、
「いやぁ、今ねぇ、凄いもの見ちゃったよぉ、浜田さん」と話し始めた。
「何を見たんですか?」と、オレ。
「銀座から地下鉄で来たんだけどね、ほら、あるじゃない、年寄りが座る席、何て言うんだっけ?」
彼は今や殆ど外国人である。
「シルバーシートのことですか?」
「そこにね、上品な感じのおばあさんが座ってたのよ。隣が空いててね、オレも60過ぎだから座ってもいいのかもしれないけど、まぁ立ってたわけよね」
「えぇ、それで?」
「そしたら、その空いてた席に、そうだなぁ、30代半ばくらいの女性が座ったの。ごく普通の感じの女なんだよね。暫くして、そのおばあさんがその女に話しかけたわけ」
「なんて?」
「『お嬢さん、年はおいくつ?』って。それで、女が応えたのね。
『38ですけど』って。
『まぁ、若く見えるのね、うらやましい、結婚されてるの?』
『ええ、子どもが一人います』
まぁ、ここまでは話好きの老人と隣に座った女性の会話って感じだったのよ」
「そうですねぇ」
「ここからなのよ、おばあさんがこう続けたわけ
『どこか体に悪いところでもあるの?』
そしたら、いきなりさぁ、その女が
『がたがた言うんじゃねぇよ!このクソばばぁ!』って大声で叫んだわけ。
車内がシーンとなっちゃって、いやぁー、凄いもの見たなぁ!」
そして、彼が尋ねた「日本って、こんな感じなんですかぁ、最近は?」

「そういえば、似たような話を友達から聞いたなぁ」と、今度はオレの番。

「友人のカミさんがバスに乗って、座席に座ってたら、自分の前に、幼児を抱いた若い母親が乗って来て立ったんだって。
友人のカミさんは、その日すごく疲れていて、体調も悪くて、席を譲りたくなかったんだけど、仕方ないと思って、その母親を座らせたんだって。
そうこうしてたら、3つ目くらいのバス停で、その母親の隣の席が空いたもんだから、友人のカミさんが、あぁ…やっと座れると思った、その瞬間、その若い母親が
『何とかちゃーん、席が空いたよ!』って自分の荷物を置いて、友達だか妹だかを、そこに座らせたんだって。
友人のカミさんは暫く唖然としてたんだけど、疲れてたせいもあって、我慢出来なくて
『あんたねぇ、それはあまりにも失礼じゃない?』って言ったらしいんだけど、
その連中は無視したまま、ずっと座ったままだったって」
「わぁ、それも結構すごい話だねぇ、浜田さん」と呆れ顔の友人。

そんな話も終り、オレ達は酒を飲みながら、互いの近況を報告し合った。
そうしながらも、オレは心の中で懐かしい詩を思い出していた。
敬愛する吉野弘さんの詩で、初めて読んだのは、中学生の時で、教科書に載っていた。
題は「夕焼け」で、こんな詩だ。

夕焼け           吉野弘

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて――。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持ち主は
いつでもどこでも
われにあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持ち主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。 やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持ちで
美しい夕焼けも見ないで。

まさに、この詩に登場する娘のような、やさしい心の持ち主であった方の志を継いで、J.S.Foundationを設立して11年目に入りました。
佐藤さんを代表する事務局の方々、そして、基金に協力して下さったひとりひとりの方々に感謝します。

2009年2月14日 浜田省吾

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